【金が関係】 暗黒の木曜日の裏事情

1929年にアメリカ株の大暴落がありました。
この大暴落は木曜日に起こったため、「暗黒の木曜日」と呼ばれています。
この暗黒の木曜日ですが、その後の世界恐慌や金融恐慌を引き起こし、世界を混乱のどん底に陥れたといわれています。

ただ単にバブルがはじけた程度なら、これほどまでに被害は出なかったものと思われますが、ココまで被害が拡大してしまった理由を「金」の側面から考えると、大変面白い事実が見えてきます。

【前夜祭】 暗黒の木曜日が起こる前

1924年からアメリカの株価が急騰していました。
その上げ方は、ほとんど沸騰に近いような上げでした。
株価が上げると、儲けるチャンスを狙って、人々が我も我もと株式相場に参戦してきます。

そして、1928年には株式市場に参戦している人々の多くが借金をしてまで、株を買うようになっていました。ここで問題だったのが、製造業などのコツコツまじめに働いてお金を稼ぐ系の会社に投資するよりも、にわか株式トレーダーにお金を貸していたほうが儲かるため、銀行が既存の製造業などへの融資を減らし、株式投資をしている人にお金を回し始めたことです。

こういった行為を行うと、産業が弱体化をしてしまい、経済には非常にマイナスになってしまいます。しかし、その当時の人々はそういったことには目もくれず、ひたすら株高に酔いつぶれていたのでした。
さらに銀行のみならず、ノンバンクなども投資家に積極的にお金を貸したため、さらに株式投資が沸騰したのでした。

これを見たヨーロッパの人々も、「乗り遅れてはなるものか」と、我も我もとアメリカの株式市場に参戦してきました。この一連の流れで困ったのはヨーロッパの国々です。
その当時ヨーロッパの国々は金本位制を布いていたので、自国の通貨が売られてドルが買われると金本位制を維持できなくなるので、大変な痛手を被ったのでした。

【まとめ】

  • 1924年からアメリカ株沸騰
  • 多くの人々が多額の借金をして、株式運用を行う
  • 既存の製造業などへの融資が減る (産業の弱体化)
  • 他業種からも株式市場に買い参戦
  • ヨーロッパ諸国からも買い参戦
  • ヨーロッパ諸国の金本位制度が揺らぐ

【暴騰祭りの最中】 進行する病

アメリカ政府は、バブルが起こっていることを知っていましたのでバブルを鎮火する為に、金利を引き上げました。さらに、信用取引の為の借金も禁止しました。
また、ヨーロッパ諸国でも、金本位制を維持するために利上げを行いました。このことでヨーロッパ諸国では、失業率が大幅に増えました。

一方アメリカでも、株式市場は沸騰していたのですが、既存の会社は金利の負担に苦しみ、徐々に体力が失われていきました。バブルを押さえたり、金本位制を維持するために行った利上げが、結果的に、世界中の産業を弱体化させてしまったのです。


【死亡寸前】 株価の大暴落で瀕死の重傷

株価が大暴落してしまい、猛烈な資産デフレが起きてしまった後は、悲惨なものでした。
株に投資するために借りていた資金は返済不能となったので、銀行はさらなるリスクを取れなくなり、新規の貸し出しは行われなくなりました。いわゆる「貸し渋り」の状態です。

さらに物価が暴落しました。
購買力が一気に低下し、経済が収縮してしまったため、猛烈なデフレに陥ってしまったのでした。さらには企業や銀行はバタバタ倒産し、世の中には失業者があふれかえりました。
(う〜ん、何だかバブル後の日本と似てるな〜)


【そんなバカな】 重症患者に追い討ち

日本ではバブルがはじけ、デフレになってしまったときに、限界ギリギリのゼロ金利まで金利を引き下げましたが、その当時の世界各国は恐ろしいことに金利を引き上げたのでした。

何故なら、金本位制の元で通貨が下落してしまうということは、即、金が流出してしまうことにつながったからです。(参考ページ : 【金備蓄の危機】金本位制の光と影
ですので、皆こぞって金利を引き上げました。

さらに追い討ちをかけたのが、輸出の減少です。
経済が急速に収縮してしまったので、当然といえば当然ですが、輸出が減速してしまうと輸入超過になり、やはり通貨が下落してしまうので、今度は輸入の方を制限しなければならなくなりました。

現在では、バブルがはじけて重症を負う事はあっても、この先の金利の引き上げは起こらないので、暗黒の木曜日とまるっきり同じにはならないかとは思います。
(ただやはり、バブルが一旦はじけてしまうと、非常に痛いのではありますが・・・)


【世界中に広がる恐怖】 息も絶え絶え

その後(1930年)は、一時的に平和を取り戻したかのように見えましたが、オーストリアの大きな銀行が破綻することで、またしても火の手が上がり始めました。この事件をきっかけにヨーロッパの各地で取り付け騒ぎが起こり、またしても銀行がバタバタと倒産していったのです。

各国の財政は火の車で、経済はメチャメチャな状態になって、目も当てられない状態になってしまいました。こうした中、様々な国で「節約 一大キャンペーン」が繰り広げられましたが、まったくと言っていいほど効果は無く、ヨーロッパの金本位制度は完全に崩壊してしまったのでした。
(後々の事を考えると、このときに金本位制をさっさと放棄してしまって正解だったのかも?)

広告