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【金備蓄の危機】 金本位制の光と影

大昔から使われていた金貨に代わって、近代になって「金本位制」が確立されました。
金本位制度とは、通貨と金はいつでも交換できるという制度です。
つまり、通貨をジャブジャブに刷り過ぎず、金の量に合わせて通貨を流通させるという制度です。

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この金本位制は「金備蓄が国にたくさんあれば、その国の経済は栄え、滅びずに済む」という理念の下に、維持されていた制度でした。
しかし、金本位制を施行して各国が気が付いたことといえば、「経済が栄えてているために、結・果・的に金本位制が維持できているにすぎなかった」・・・という事でした。

もし、経済が悪くなり通貨が下落すれば、その国に資本を置いている人々や銀行などは海外へその資本を移してしまうものです。そんなことになれば、せっかく世界中から集まった資本が逃避してしまうので、金本位制の屋台骨が揺らいでしまいます。

そこで金本位制を維持するために各国が「悪あがき」を始めるのですが、そんなときに被害を受けるのは、金本位制を維持している国の国民であったりするのです。

つまり、誰の為の金本位制であるのか、分からなくなってしまう・・・という事が、金本位制の一番の落とし穴であったわけです。各国はその金本位制を継続する過程で、「悪あがき」をしながらも、金本位制が継続不可能であるということを理解するようになったのでした。


【金本位制の落とし穴】 イギリスの不幸

第一次大戦の時に、イギリスはフランスやロシアやイタリアなどに、大量のお金を貸していました。(各5億ドルずつ)さらに、イギリス自身も戦争に参加していたので、戦費を賄うために海外の資産を換金し、戦費に充てたのでした。

イギリス本土は戦争の被害もなく戦争を終えたのですが、何せ他国に貸した金と戦争に使ったお金が膨大だったので、戦後は非常に苦しんでいたわけです。

しかしながら、戦争で国土や人命に多大な損害を受けたフランスは借金を返せそうにありませんし(フランスだって敗戦国のドイツからお金を取れずじまいでした)、アメリカからは「イギリスがアメリカに借金をした事をチクチクと追求された」のです。

さらにさらにこの上に、イギリス国内にある設備の老朽化も加わって、到底アメリカに太刀打ちできなくなっていました。つまり、輸入超過の状態になってしまったのです。

こんな最中、ポンドが下落しはじめます。ポンドがドンドン売られ続けたのです。イギリスはその当時の金融の中心地でしたので、「ポンドが売られる」ということは、金融の中心地からの脱落を意味していました。そこで、イングランド銀行は、金利を思いっきり引き上げました。

現在の日本では、景気が悪くなっているときには金利を引き下げる政策を取ります。それは、借金に苦しむ企業の金利の負担を軽くしたり、新規にお金を借りやすくするためです。
しかし、その当時のイングランド銀行はまったくその間逆の行いをしました。

金利を思いっきり引き上げたのですから、イギリスでは失業者が山のように発生し、経済は大混乱しました。ただ、金利を思いっきり引き上げたせいで、ポンドのさらなる下落は防ぐことが出来ましたし、イングランド銀行の金庫に眠る金塊の流出も何とか防ぐことが出来ました。

つまり、当時のイングランド銀行は、「金融の中心地として存在し続ける」ことと「金備蓄を保持する」ために、国民を犠牲にしてしまったのです。

またこの時イギリスは、国内の金の流出を防ぐため、一時的に金の兌換を禁止しました。
・・・が、またしばらくすると、金の兌換が開始されました。するとまたしても金本位制の亡霊が首をもたげ、大量の失業者が生まれ、経済は不安定になってしまったのでした。

その後、アメリカ発の世界恐慌(1929年)が起こります。
世界中の銀行がバタバタと倒れる中、オーストリアの大きな商業銀行も1930年に倒産してしまいます。この事件以降、ヨーロッパ中で取り付け騒ぎがおこり、イギリスの資本も流出してしまいました。

当然イングランド銀行の金も大量に流出。イギリスの人々は節約を心がけましたが、まったく意味がありませんでした。ポンドはどんどんと下落して、とうとう金は兌換できなくなってしまいました。

・・・とまぁ、こんな事態が各国で起こり続けたので、しばらくするとほとんどの国が金の兌換を停止してしまったのです。こうして金本位制は終わりを迎えました。


■ 開き始めた経済格差 アメリカとイギリス ■
金の兌換が再開されたときには、第一次大戦の時の損失がほとんど無く、イギリスに多額の借金をしており、未だかつて無いほどの好景気に沸きかえっていたアメリカとの金の保有額は6倍にまで開いていたのでした。


【アメリカの金流出】 金の兌換停止その後

世界各国が金の兌換を禁止してしまったので、紙幣で金が受け取れなくなってしまったのですが、唯一アメリカだけは金の兌換を行っていました。

世界中の金を求める人々は、アメリカに殺到して金を手に入れました。
元々第一次大戦中にほとんどダメージが無く、さらに大儲けしていたアメリカですので、金の兌換を続けてしまっていたのですが、これが裏目に出てしまいました。
アメリカで大量の通貨や金が引き出された為、アメリカの銀行はバタバタと倒産。

これで金の兌換をやめてしまえば問題も少なかったのですが、アメリカは事もあろうに金利を引き上げてしまったのです。こうなると、アメリカには大量の失業者があふれかえり、経済の先行きが不透明なことからさらに金や預金は引き出され続け、銀行は以前よりもさらにバタバタと倒産していきました。

そこでルーズベルト大統領は、ドルで金を交換するための金額を大幅に増やしました。
昔は20ドルほどで交換されていた金を35ドルに固定してしまったのです。
(金の価格を上昇させたのと同じ効果がえられました)
これによってアメリカは金流出というパニックから開放され、再び景気が回復し始めたのでした。

ところで、アメリカは金の兌換を抑えるために事実上、金の価格を引き上げるような政策を採ったわけですが、他の国も金の兌換を手控えたため、「金余り」の状態になってしまいました。
金を金貨にかえたところで、金余りには変わりありません。

そこで余った金は、政治的に安定したアメリカに再び戻ってきたのです。
(ヨーロッパはファシズムが台頭し、非常に不安定な状態になっていた為)


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