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【やっぱり歴史は】 世界大恐慌時の世界 【繰り返す】

ブラマン前・後の状態

ブラック・サーズデー前の状態

世界大恐慌の前は、無類のバブル景気が発生していました。
第一次世界大戦後の混乱から抜け出して、世界中が好景気に沸きかえっていたのです。
ただ、その中では密かに経済の病が進行していたのでした。
(詳しくは【金が関係】暗黒の木曜日の裏事情をご覧下さい)

アメリカには世界中から資金が集まり、世界中が株式投機と言うマネーゲームに興じました。
(アメリカの株価は、バブル前の5倍に跳ね上がりました)

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ブラック・サーズデー発生

そんな中、1929年の10月24日、突如としてアメリカ株の大暴落が発生しました。
この株価の大暴落が起こった時は木曜日でしたので、ブラック・サーズデーと名付けられました。

この株価の大暴落で、株に手を出していた多くの人々は多額の負債をかかえることとなり、企業は資金繰りが大幅に悪化。ウォール街のビルの窓から飛び降りて自殺する人も出てしまいました。
(その当時、各国の政府は利上げやら規制やらをしたのですが、多額の借金をしてまで株を買う人も多く、株価の大暴落のダメージを大きくしてしまいました)


≪ブラック・サーズデー後の状態・アメリカ国内≫
ブラック・サーズデーによる株価の大暴落で負債を抱えたり資金繰りの悪化した企業は、あれよあれよと言う間にバタバタと連鎖倒産しました。

その結果、世界各国の失業率は急上昇してしまいました。
失業してしまった人々は、お金を使わなくなってしまいました。

そのため、世界中の国で物が売れなくなり、物が売れなくなったのでさらにリストラが起こり、収入の無くなった人々が消費を手控えることでさらに物が売れなくなり・・・と言う悪循環が続きました。
このようにして、世界は大恐慌時代に突入しました。


大恐慌中の状態

大恐慌中・農業

大恐慌によって、失業した人々が大量に現れ、世界中で物が売れなくなってしまいました。
この時、売れなくなったのは物だけではありません。
食べ物も同じでした。

大恐慌前は沢山の食べ物を食べていたのに、みんなが食べ物を買えなくなってしまったので、農産物や畜産物の価格大幅に下落しました。

農家の人々は農産物を売って生計を立てていますから、農産物の価格が大幅に下落してしまうと生活が出来ません。
そのようなわけで、都市部の人々は日々の食べ物も無く「餓死寸前」であったのにも関わらず、農産物は価格調整のために廃棄されたり、減産したりしたのでした。


大恐慌中・資源国

資源国からは、様々な商品を作るための銅や鉄などの資源が輸出されていたのですが、大恐慌が起こると、資源も売れなくなってしまいました。
そのため、資源国にある鉱山などの閉鎖などが相次ぎ、そこに働いていた労働者や、その労働者たちの住む街で働く労働者たちも大量に失業してしまいました。


大恐慌中・造船

大恐慌が起こると、物を買ったり売ったりと言うことが激減してしまいました。
物を売ったり買ったりが激減するわけですから、当然、輸送量も減ります。
輸送量が減ると、船などの輸送機器の需要も無くなります。
そのため、造船業の人々は大量に失業してしまいました。


大恐慌中の各国の政府の対応

大恐慌が起こった当初の各国政府の動きは、非常に鈍いものでした。
大半の政府が「市場原理に任せて回復するのを待つしかない」と思っていたのです。

また、各国の政府は、失業者は自分で仕事を見つけて頑張るべきだと思っていましたので、失業者への手当てなどは行わなかったり、行っても微々たるものでした。
さらに、国の財政が悪化することを嫌気し、公共事業による雇用創出をしない政府が大半でした。


※ 注1
スウェーデンでは社会主義勢力が政権をとったので、財政赤字を無視して歳出を大幅に増やして大規模な公共事業が行い、積極的に雇用創出が行われました。


大恐慌中の各国の国民の反応

そんな大恐慌の最中、失業率が大幅に上昇してしまった国の国民は、何もしてくれない政府に対して怒り心頭でした。
「働く場所が無い! 政府は一家揃って餓死しろと言うのか?」
「市場原理に任せて回復するのを待っている余裕は無い!早く何とかしろ!」

こうした 貧困を救わない現政権への民衆の不満は、多数のデモを引き起こしました。
また、民衆の生活を困窮させている資本主義と言う経済システムへの不満が、社会主義や共産主義やファシズムの勢力を強めさせました。


※ 注1
ナチスはファシストの政権でしたが、大規模な公共事業を行ったり価格統制を行ってインフレ抑制するなど、社会主義的な政策もとりました。

※ 注2
共産主義国家のソビエトは大恐慌の影響は軽微でしたが、強制労働や粛清などによる大量の死者が出ました。


フーバーが悪化させた大恐慌

ブラック・サーズデーや世界大恐慌真っ最中のアメリカの大統領は、フーバー大統領でした。
しかし、フーバー大統領は市場原理によって自然に回復するのを待った方が良いとの考え方の持ち主でしたので、公共事業による雇用創出や、経済の建て直しには積極的ではありませんでした。

また、極端な保護政策を採り、輸入品に高率の関税をかけて輸入規制をしてしまいましたので、世界大恐慌はさらに悪化してしまいました。


ルーズベルトの行ったニューディール政策

フーバー大統領の後に就任したルーズベルト大統領は、世界でも類を見ないほど大規模な公共事業を行うことで雇用を創出しました。

ルーズベルト大統領のこのニューディール政策は未だに賛否両論ありますが、少なくとも、その公共事業の仕事にありついた人々は生活することができるようになりましたし、公共事業で得た収入で消費活動を行いましたので、アメリカ国内の景気は徐々に回復に向かいました。

さらに、ルーズベルトは過剰に生産されている農産物や畜産物を買い上げましたので、農産物や畜産物の価格が低下して収入が減少し、疲弊しきった農家や酪農農家も救われました。


大恐慌後の戦争による好景気

アメリカ・スウェーデン・ドイツなどの一部の国は、大規模な公共事業によって雇用&景気が回復したのですが、そうでない国もありました。
そんな国々も、第二次世界大戦による戦争特需で景気&雇用が急回復しました。

第二次大戦で武器を大量に消費しなければならなくなったので、需要がアップしたのです。
また、この戦争特需で資源の需要や資源国の雇用も回復したのでした。

企業が次々に破綻して、失業者が国に溢れかえった状態になってしまいますと、公共事業による雇用創出が失業者対策の最後の手段になります。
戦争は最も不幸な公共事業ではありますが、積極的な公共事業をしようとすると、いつの世でも「これってただのバラマキだろ?」と言う反対意見はでるものですから、戦争と言う非常事態はもっとも行いやすい公共事業になってしまうのかもしれません。

そのため、景気の良し悪しに関わらず公共事業にすっかり依存しきってしまう経済と言うのは論外なのは言わずもがなですが、企業が次々に破綻して、失業者が国に溢れかえっているどん底の状態では、臨機応変に公共事業による失業者対策を行う方が賢明なのではないかと思います。


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