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【金融機関・大量倒産】 S&L危機

第1次 S&L危機到来前

1979年〜1981年まで、アメリカのCPIインフレの指標みたいなやつ)は、2桁の伸びになります。
しかも、不景気で失業率は増大しているという「涙目」状態。

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【アメリカ・CPI伸び率】
1979年 11.3%
1980年 13.5%
1981年 10.3%


そこで、レーガン大統領は「レーガノミックス」を展開。
減税と金融引き締めでインフレに対抗しました。
本当は「歳出削減」もセットだったんですが、結局、それは骨抜きになってしまって出来ず仕舞い。

そんなこんなで、景気は良くなったものの財政赤字は解消せず、結局、アメリカの金利は急上昇してしまったのでした。


第一次 S&L危機が到来

そこで、厳しくなったのがS&L
「S&L」っていうのは、「貯蓄型の金融機関」みたいなもんです。
個人のような零細な人たちから預金をかき集めて、それを「住宅ローン」なんかで貸し付けて金利収入を得ると言う、実に「真っ当な金融機関」です。

この時の住宅ローンで貸し付けられていたのは、主に「長期・金利固定型の住宅ローン」だったので、こんなにもムクムクと金利が急上昇してしまったら、住宅ローンとして貸し付ける側の金利は低く、預金として調達するための金利は高くなってしまうという「超・逆ザヤ現象」に陥ってしまいます。

結局、金利は14%以上という恐ろしい水準まで上昇。
S&Lは次々に破綻して、「第一次S&L危機」へと発展したのでした。

ちなみに、満期が6年以下の短期的な預金で得た資金で、期限20年以上の固定金利による貸付を行うようにS&Lには規制が行われていました。

こんな状態だったものですから、市場金利連動型・投資信託(MMF)が出回ると、銀行の預金はそちらの方に流出してしまいました。(預金金利が変動した方が有利ですしね・・・)


そして規制緩和

第1次 S&L危機でも明らかなように、短期的な資金を借り入れて、超・長期固定金利で貸し付けるのは、金融機関にとって非常にリスクが高いものです。
そこで、金利の規制緩和が行われて、変動金利での貸付が行えるようになったのでした。

また、1982年に規制緩和が行われて、S&Lによる株式やジャンク債や商業用不動産等への運用ができるようになったわけですが、ここに第二次S&L危機の芽が生まれることとなったのでした。


第二次 S&L危機が到来

1982年に「規制緩和」が行われる。
レーガン大統領時代

* S&Lによる石油掘削・株式・ジャンク債・商業用不動産等への運用ができるようになった
* S&Lの預金の金利が自由化された

金利の自由化によって、保有資産の時価評価が下落してしまう。
堅実運営していたS&Lが、リスクマネーで運用(不正融資も)するようになる。
高金利をうたい文句に、預金をかき集めるようになる。

1983年 原油価格・土地・株価の下落で、S&Lの持っている資産が大幅に劣化

S&Lや商業銀行が次々に破綻


危機に対する対策

* 破綻したS&Lの資産を、売却したり不良資産の証券化などを行った
* 会計基準を「時価ベース」にして、危機をいち早く察知できるようにした
* S&Lは、財務省の貯蓄金融機関監督庁で監督させることにした
* 自己資本比率規制を強化


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