当サイトをご覧になるには、ブラウザの設定でJavaScriptを有効にする必要があります。

【ハイパーインフレ】 ドイツの悲劇

インフレのページを作成した際に、昔、ドイツで起こったハイパーインフレについて少しだけ書いたのですが、その後、shoさんという方から、ドイツで起こったハイパーインフレについてのアドバイスが書かれたメールを頂きました。

そこで今回は、専用にページを作って、ドイツで起こったハイパーインフレについて、詳しく述べてみたいと思います。

スポンサーリンク

ハイパーインフレ当時のドイツの歴史

■ ハイパーインフレが起こる前のドイツ(第一次大戦)
第一次世界大戦は、オーストリアの皇太子がセルビア人青年に暗殺された事件をきっかけに起こりました。(サラエボ事件と言われています)

オーストリア・ハンガリー帝国は、この事件のためにセルビアに宣戦布告。
そんなセルビアをロシアが支援。
フランスやイギリスは、ロシアと同盟を結んでいたので参戦。

ドイツは、オーストリア・ハンガリー帝国を支援するために参戦。
アメリカは、アメリカ人の乗っているルシタニア号がドイツの潜水艦に爆破されたので参戦。
日本は・・・というと、日英同盟があったので、遠い島国であったにも関わらず参戦してしまったのでした。(シベリア出兵したりしました)

今ではすっかりおなじみの、戦闘機や潜水艦や戦車もこの当時登場したのでした。この戦争は石油をタップリと使った、大掛かりな近代的戦争の先駆けのような戦争でした。
第一次大戦は、こういう戦争だったので、国の持てる力をフルに活用して戦争をしなければ負けてしまうので、各国は総力を傾けて戦ったのでした。


■ ハイパーインフレが起こる前のドイツ(大戦後)
大戦が終了すると、パリ講和会議が開かれました。
パリ講和条約では、敗戦国のドイツに対する賠償金や、領地についての話し合いが行われました。その話し合いの結果はというと・・・


  • ドイツの植民地は没収
  • ドイツの鉄や鉄鉱石などの産地も没収
  • ドイツの国土は分断
  • ドイツの軍隊は削られて、連合軍がドイツ国内に居座る

・・・などなど、まさにドイツにとっては踏んだり蹴ったりの内容でした。
そして、賠償金の額についても話し合われたわけですが、コレについてはパリ講和会議では決着せず、ロンドン会議で話し合われることになりました。


■ ハイパーインフレが起こる前のドイツ(多額の賠償金)
そのロンドン会議では、ドイツは1320億金マルクもの多額の賠償金を払うよう言われました。
これは天文学的な賠償金の額です。とても払える金額ではありません。
そんなわけで、ドイツはこの賠償金の支払いを滞らせるようになりました。
(払えないものは払えないので、仕方ないような気がしますが・・・)
しかしながら、この賠償金の不払いに怒ったのがフランスです。
賠償金のかたに、ドイツでも有数の工業地帯のルール地方を占領してしまったのでした。


※↑の文章については関連ページをご覧下さい。
【裏話】ドイツの悲劇とフランスの赤字


■ ハイパーインフレのドイツ(多額の賠償金)
ただでさえ、戦争で生産能力が落ちているドイツなのに、ルール工業地帯まで没収されたら、たまったものではありません。失業者は街にあふれ、物不足ですさまじいインフレに・・・。
一応、ドイツの労働者達もストライキ(暴動?)という形で自己アピールしたのですが、その甲斐も無く、社会不安は増大し、いよいよ凄まじいインフレに・・・。

ところで、ドイツが物不足や失業などで経済的に破綻したのは確かなのですが、その際に当時のドイツの中央銀行(ライヒスバンク)は、不思議な行動をとりました。
お札をガンガン刷りまくったのです。

そうでなくてもインフレなのに、さらにお札を山ほど刷ったのですから、インフレに拍車がかかってしまいます。そうしてドイツはかつて無いほどのハイパーインフレに陥ってしまったのでした。

さてさて、コレほどまでにインフレになってしまいましたので、中央銀行がお札を刷るのを制限すれば、インフレは解消されるはずなのですが、なぜ当時のドイツの中央銀行はお札を刷り続けたのでしょう?
ここが謎であるわけです。


1. これ以上、賠償金を払えませんアピール説
お札を刷りまくって、当時の連合国に賠償金を払えないことをアピールしようとした説。
(当時の賠償金は正貨(金貨)で支払わなければならなかったので、お金を刷りまくっても無意味ですので、この論は否定される方もいらっしゃいます)

※ ↓のページを参考にさせていただきました。
ドイツの超インフレについてのページ


2. 金融資本家・陰謀説
この当時のドイツの一番の問題点は、中央銀行が政府の意向を無視して、自分勝手に行動できたことです。そのため、通常では考えられないようなことが行われました。

@ 勝手に私企業の※ 手形の割引を初める。
A 経済が破綻するほどのお金を刷りまくる。

この問題点を具体的に見てみると・・・

  • 工場を手形で買う
  • 手形を受け取った人は、その手形を中央銀行に持っていく
  • 中央銀行で手形を割引
  • 割引されたお金を使って、次の物件を購入する
  • 元々銀行に持ち込んだ手形が不渡りするが、ハイパーインフレ時で手形の重みが大きく目減りしている上に、割引されたお金を使って購入した物件も手に入っているので、手形を受け取ったはとは非常にウマー

こんな事、通常では絶対に不可能です。国家の為にあるはずの中央銀行がすさまじく私物化されています。また、この当時のドイツの中央銀行の状態は、「中央銀行を国家が制御できなくなったらどうなるかの見本」のように思います。
日本も中央銀行などが私物化されないように、我々国民はしっかりと監視していかなければならないのかもしれません。


※ 手形
多額の現金を持ち合わせていない人が高額の取引をした時に、「いつまでにいくら支払います」ということを書いた紙です。(約束手形の場合)
将来的に手形を発行した人が手形に書かれたお金を払えることがはっきりしていないと、その手形が不渡り手形になってしまい、手形に書かれたお金を徴収できなくなる可能性があるので、手形を発行する人が手形のお金を支払えるかどうかを、しっかりと見極める必要があります。(約束手形というと、いつも「人生ゲーム」を思い出してしまう、年増の塩漬け姉さんなのでした・・・)


※ 割引
手形を銀行に持っていくと、銀行はその手形を発行した人が返却可能かを審査して、手形を銀行に持ってきた人に、お金を渡します。
手形が不渡りになった際には、銀行はその手形を銀行で換金した人にお金を請求します。本来であれば、不渡りになって被害が及ぶのは手形を受け取った人であることを考えると、この請求法は当然であるように思います。


【参考】
※ ↓のページを参考にさせていただきました。
http://www.math.tohoku.ac.jp/~kuroki/keijiban/b0035.html


日付 流通通貨
億MARK
為替相場
$/MARK
物価
1913 戦前 4.2 1.0
1914.06 63
1918.11 停戦 2.3
1919.05 420 13.5 2.8
1919.12 501 46.8 8
1920.01 511 64.8 15
1920.06 683 39.1
1921
1922.06 1802 320 82
1922.12 1475
1923.06 17.3 兆(1.7*10^13) 7800
1923.10 2.5*10^18
1923.11 4*10^20
1923.12 ???? 1兆倍

一般に「ハイパーインフレの第一段階」とされて居るのは、半年で物価が18倍に なった 1922 年 6 月以降です。この時点でライヒスバンクの理事会が、政府や議会 に対して独立性を獲得し、(信じられないことですが)勝手に私企業の手形の割引を 初めました。

この年の下期には割引額が前年実績の500倍以上になったとありま す。−−独白「手形で中央銀行から金を引き出して投資し、インフレで減価したマル クで返済する。

ただ同然の設備が手元に残る。
ぼろい話です。

ライヒスバンク(帝国 銀行)の後継者であるブンデスバンク(連邦銀行)が、インフレに対して極度に神経 質なのは、直接ハイパーインフレの引き金を引いた先輩達の犯罪的な行為に、今でも 罪の意識を持って居るからではないかな?」 何故こんな馬鹿なことが起こったかと言うと、6月に民社党のラーテナウ外相が暗殺され、政敵であった、ラインランドの重工業資本をバックとする右翼政治家シュティ ンネスが実権を握って、その一派がライヒスバンクを乗っ取ったらしいのです。今か ら80年も前のことですが、随分荒っぽい話です。

翌 1923 年早々にはフランスがルール炭田を武力で占領し、ハイパーインフレの第2 幕になりました。(かねがねシュティンネスは、賠償の支払い拒否を主張して居まし た。)


■ ドイツのハイパーインフレを治め、経済を立て直す
そんなこんなで、経済も通貨もメチャメチャな状態になってしまったドイツ。
ドイツのハイパーインフレが収束したのは、ドイツの中央銀行(ライヒスバンク)総裁のハーフェンシュタイン総裁が亡くなって、シャハト氏が新たにドイツの中央銀行であるレンテン銀行を設立して、そのレンテン銀行の総裁に就任してからでした。
(このシャハト総裁という人は、グスタフ・シュトレーゼマン首相が就任した際に、中央銀行の総裁になった人です。前・中央銀行総裁のハーフェンシュタイン総裁の死については、あまりにも都合が良すぎるため、もしや・・・などという見方をされるかたもいらっしゃるようです)

シャハト総裁が中央銀行の総裁に就任してからは、※ レンテンマルクの発行で、ドイツのインフレは急速に収束していきました。


※ レンテンマルク
土地などを担保にして、レンテン銀行(中央銀行)から新しく発行されたお金。
お札がジャブジャブに刷られすぎたことが問題であったため、レンテンマルクと従来のお金の交換比率は、1レンテン:1兆マルクでした。

また、ドイツの過酷すぎる賠償金支払いに対しても見直しが行われました。
ドーズ案と呼ばれるドイツを救済するための計画です。

ドーズ案の中には、新しい賠償金の支払い計画(賠償金の支払額を最初は少なくし、徐々に増やしていくというもの)や、ドイツの公債をアメリカで発行してお金を集める方法など、盛りだくさんの内容でした。このドーズ案を実行したこともあって、ドイツはハイパーインフレや経済的な苦境からみごと立ち直ったのでした。
(めでたしめでたし?)


shoさんから頂いた文章

shoさんから、頂いた以下の文章を元に、こちらのページを作成しました。


貸し出しを無茶苦茶に行いインフレ率を増加させることもできますが、デフレをイ ンフレにするのは難しいです。ドイツの場合だと、たとえば原油輸入10円→精製(財閥関連企業)20円→ 販売(同じく)40円といったように同系企業内で値段を吊り上げながらインフレを 起こします。

ガソリン、ナフサ、重油、灯油の価格が上がれば商品価格も自然と上昇 します。
物の値段を吊り上げて、そこにジャブジャブの通貨を流し込めば 需要>供給からインフレになります。
インフレを押さえ込むには市場に流通しているお金を量を減らすのです。

で、ライヒスバンクがやったのはハイ パーインフレのなかで「さらにお金を刷りまくる」ってことで、さらなるインフレを呼んだわけです。


スポンサーリンク