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デフレ御伽噺

難しいデフレを分かりやすい御伽噺(おとぎばなし)で表現してみました。
デフレ御伽噺の原文は、とある方よりメールにて頂きました。
そのお話に塩漬け姉さんが脚色等をして、このページにUPいたしました。

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デフレ御伽噺

あるところに、節約が大得意で、米作りで生活している「節子」という女がいました。
節子は、自分の畑で作ったお米を売って小判を手に入れ、その小判を無駄遣いせずにセッセと貯めては、「銀次郎」という金庫番の所に持って行き、金庫の中に小判を入れ続けました。

その甲斐あって、年がたつにつれ、節子の金庫には小判がたっぷりと蓄えられました。
金庫番の銀次郎は、そんな節子の貯めた山盛りの小判を見て、こう思いました。
「このお金、金庫の中にしまっておくだけっていうのも、何だかもったいないな・・・これを使って、何とか一儲けできないか・・・」

そこで、銀次郎は、かけだしの商人の「泡之介」に、言いました。
「利子さえちゃんと払ってくれればさ、金庫のお金を貸してやるから、村の庄屋さんの代々受け継いだ土地を、一坪・1両で買ってみなって・・・。

土地が上がればその土地を売って大儲け出来るぞ」
泡之介は、その降って沸いたお話に、大喜びで飛びつきました。
一方、村の庄屋さんの方も、銀次郎の持ちかけたそのお話にたいそう乗り気で、泡之介が土地を買うというお話は、トントン拍子ですすみました。

そして、ついに庄屋さんは土地を泡之介に売り、泡之介は銀次郎に借りたお金を使って、庄屋さんの土地を買ったのでした。そのようなわけで、庄屋さんの手元には、土地の代金として泡の介から受け取った、多額のお金が転がり込みました。

庄屋さんは泡之介から受け取ったお金を見て大喜びしましたが、自宅でそのお金を持っていて、盗人に取られるのも嫌でしたので、このお金を銀次郎のところへ預けに行きました。

驚いたことに、泡之介に貸し出したはずのお金は、ぐるりと回って再び銀次郎の金庫へと戻ってきたのです。その後、さらに月日は経ち、節子はその間もセッセと節約をし、余ったお金を銀次郎に預け続けたので、さらに銀次郎の金庫にはお金が貯まり続けたのでした。

そんなある日のこと・・・
泡之介がツイと銀次郎のところにやってきて、またこんなことを言い始めました。「前のように利子もちゃんと払うし、前に買った土地も担保にもするからさぁ・・・庄屋さんの残りの土地を、今度は倍の2両で買うために、またオイラにお金を貸しておくれよ」銀次郎は、利子収入が増えるのも嬉しかったですし、前買った土地も担保に取れるというので、そんな泡之介の申し出を、こころよく引き受けたのでした。

そのような取り引きがうまく行ったので、その後も泡之介は銀次郎から金を借りては、庄屋さんから土地を買い続けたのでした。そしてついに、庄屋さんの土地の値段は、一坪10両にまで跳ね上がりました。
庄屋さんは泡之介が土地を高値で買ってくれたため、泡之介は銀次郎から借りた借金で、銀次郎は泡之介からから得られる利子で、みんなとても豊かで幸せに暮らしたのでした。

そんな庄屋さんや泡之介たちの浪費のおかげで、物や食料や土地などは飛ぶように売れて、周りの人々の景気が良くなりました。また、銀次郎も様々な人が借金をしたり、浪費をしてくれるので、毎日大忙しの日々が続きました。

ところが、節子の方は、景気の良くなった人々が、米を前よりもたくさん買いたいと言い始めた為、もっと土地が必要になりました。そこで節子は金庫に預けていたお金を2割使い、銀次郎から8割借りて、一坪10両で泡之介から土地を買いました。

泡之介は、労せずに銀次郎から借りたお金で庄屋さんから土地を買い、その土地を節子に高値で売って大儲け出来たと考えて、芸者さんを呼んで連日連夜のドンちゃん騒ぎをしたり、お店では豪勢に他のお客さんにまで大盤振る舞いをしたのでした。

しかし、そんな喜びもつかの間、その連日連夜のドンちゃん騒ぎの果てに、ついに泡之介はこの世を去ってしまったのでした。泡之介の死後、銀次郎は金庫が空になっていて、借金しか残っていないので、
「元々庄屋さんのものだった節子さんの土地を、10両で買い戻して欲しいんですが・・・」
・・・と、庄屋さんに相談しに行きました。

ところが庄屋さんは、
「10両なんてとんでもない!1両でないと引き取らん!」
・・・と、頑としてその申し出を受け付けません。

しかも悪いことに、不安にかられた庄屋さんは、銀之助に預けたお金を全額下ろすと言い始めました。そのため銀次郎は、「実は、庄屋さんのお金は金庫には無いんですよ、節子さんへ貸したお金と土地に化けてしもうたんです」と、白状してしまったのでした。

それを聞いた庄屋さんはいよいよカンカンになって、銀次郎に詰め寄りました。
「何て事をしてくれたんだ!節子とやらに貸し付けたワシの金を、とっとと取り返して来い!」
そういわれた銀次郎は、渋々、節子の所へ行き、貸し付けたお金を返してくれるよういいました。

しかし、節子の方でも、泡之介が死んでしまったことで、すっかり景気が悪くなっていて、米の買い手が少なくなり、もっと売れると思っていた米が全然売れなくなってしまい、お金を返せません。

そこで堅実な節子は、更に節約に磨きをかけ、出費を抑えました。
しかし、時が経つに連れて、どんどん米の需要は落ちて行き、ついに節子は米を売ったお金では、銀次郎への利子すら払えなくなってしまいました。

銀次郎の方も節子から入ってくるはずだった利子の収入すら無くなり、貧乏になってしましました。
そこで銀次郎は最後の手段をとりました。

借金の利子も払えない節子から、土地を取り上げ、セリにかけたのです。
しかし、セリにかけたときには、土地の値段はもうずいぶんと下がってしまっていて、節子が借金をした金額には到底及びません。節子が金庫に預けていた小判を合わせても、それでも全然足りませんでした。

銀次郎は、節子が返せなかった借金をかぶることになってしまいました。
庄屋さんも、銀次郎がこのような事態に陥っていることを伝え聞いていましたので、銀次郎に預けたお金が心配でなりません。そのため庄屋さんまでが、おちおち浪費出来なくなってしまいました。

泡之介の死後は、泡之介のように無茶な借金をして土地を転売しても儲けられなくなったので、泡之介のような人は居なくなってしまいました。
そうしてどんどんと土地の値段は下がり続けて行きました。
後生の人々は、このような土地やお金のお話を、「デフレ」・・・と呼ぶようになったのでした。


【デフレ御伽噺】(原文)

あるところに、土地長者様、勤倹貯蓄金次郎、ノー天気花咲爺、両替商金庫がすんでおりました。
年年歳歳、金次郎が金庫に預けたお金は増えていくばかりで、金庫はこのお金を利用できないかと考えておりました。

金庫は、長者様の土地を花咲爺に金次郎のお金を貸付、売ることを考えました。
長者様も花咲爺も大喜びでこの話を受けました。
長者様の土地の売却代金は金庫にあずけました。
金庫の所にお金はまた舞い戻ってきたのです。

金次郎はせっせと確実にお金を預け続けたのです。金庫に預けたお金は増え続けたのです。
花咲爺が金庫に相談を持ちかけました。
長者様より今度坪2万円で買うから、坪1万円で買った土地を担保にお金を貸してください。
金庫は喜んでお金を貸しました。
「土地を担保にお金を借りましょう」

長者様よりどんどん土地を買い最後には坪10万円で土地を買ったのです。
長者様は大金持ち、花咲爺は借りたお金で、金庫は利子で大変裕福に暮らしました。
金次郎もみんなの消費で仕事が増えて大忙しです。

前にも増して勤倹貯蓄に励みます。
仕事の増加に応じて、金次郎はどうしても土地が必要となりました。
花咲爺より土地を、金庫に預けたお金で2割、金庫よりの借入で8割出し、坪10万円で買いました。
花咲爺は大儲けしたと考え、大盤振る舞いの果て死んでしまいました。

残ったものは、土地と借金だけです。
金庫は大弱り、帰ってこない借金の変わりに土地を引き取りました。
長者様に相談して土地を買い戻してもらおうとしましたが、坪1万円でしか引き取らないそうです。
長者様は金庫に預けたお金を全額おろすと言いました。

金庫は言いました。「長者様のお金は、土地と金次郎への貸付金に化けてしまいました。」
長者様は金次郎への貸付金を早く返してもらうように金庫へ命じました。
金庫は金次郎の所に早くお金を返してもらうように催促しました。

金次郎は予定していた仕事が増えずに激減してしまい、お金を返せません。
生活を切り詰めて出費を押さえます。金庫も利子収入がなくなり貧乏生活になりました。
長者様も預けたお金が心配で無駄なものは買いません。

花咲爺のような無茶な借金をする人はいません。
花咲爺の死は需要の大減少を生んだのです。
このことを現在の人はデフレと呼んでいるそうです。


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