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【不労所得】 ラットレースは是か非か

ラットレースという言葉があります。
ネズミが小さな歩幅でコチョコチョと走ってレースをすることを、労働をしてチマチマとお金を稼いで生活していくことに例えた言葉です。

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考えようによっては大変に失礼な考え方ではあるのですが、このラットレースを私が初めて目にしたのは、 金持ち父さん貧乏父さん というロバート・キヨサキ氏の書いた本を読んでからでした。

今までは、貧しくても労働をしてコツコツとお金を貯めて生きることが美徳とされていましたが、その考え方を打ち破り、「上手くやれば人生のラットレースから抜け出して、時間も暇もタップリと持ち合わせた「優雅なお金持ち」として生きることが可能だし、貧しくて暇も時間も無く、人生を労働の為だけに行き続けることが果たして幸せなことなのかどうか」という世の中のタブーについて、疑問を投げかけた一冊でした。


【労働力】 ネズミ要員の必要性

セッセとネズミのように長時間働いてお金をコツコツ稼ぐことは、とても辛いことです。
ですので、できればネズミの生活から抜け出して、不労所得で優雅に生活したいとは、多くの人々が望むところであると思います。

しかしながら、不労所得で稼ぐということは、大多数のコツコツとネズミのように働く人々によって支えられているものです。ですので、大多数の人々はネズミである必要があるわけです。
これは、株で儲けるのも同じ事であると思います。株で大儲けできるのは、その会社の「社員さん」というネズミ要員がしっかりと働いてくれているからこそ可能であるわけです。

もっとも、書籍でも書いて一発当てたり、大発明でもして一発当てたり、高額の宝くじでも一発当てれば、大多数のネズミさんを要することも無く大儲けは可能であると思いますが、そうでない限りは、不労所得を得たとしても、多数のネズミ要員に支えられて生きることになるのではないかと思います。


【仏教的】 昔の日本の価値観

昔の日本では、よく働くことは良いことだと多くの人々が考えていました。
(8世紀頃には、「働くことは仏性を得るための近道である」と、渡来人である「行基」という偉いお坊さんが説いていたこともあります)

働き者という言葉も、ほとんどの場合が良いイメージで受け取られていました。
働くことは良いことであり、働くことも無く怠惰な生活を送ることは「怠け者」として、悪いイメージで捉えられていました。

ところがここ数十年で、その考え方は一変しました。
どちらの考え方が良いか悪いかは判断に苦しむところですが、国や地域が栄え、多くの人々の生活水準を向上させるためには、働き者が国中にたくさん居る状態の方が、好ましいのではないかと思います。

日本が江戸時代の鎖国で技術的にも遅れた状態から抜け出して強国の仲間入りが出来たのも、太平洋戦争後に破壊されつくした国土を復興させ、経済大国へ発展できたのも、働くことを良しとする国民性があったことも一因ではないのかと思います。

経済が発展しても「日本人はネズミのように長時間働いて、ウサギ小屋のような家に住み・・・」ということで、発展一辺倒の考え方が良くないという見方も、ほんの数年前には台頭しておりましたが、現在の生活レベルを維持できているのは、働き者の国民性が大きく関わっているのではないかと思います。

私がラットレースから抜け出すことについての若干の罪悪感と、疑問を持つ理由はここにあります。
(私はまだ、働くことを良しとする世代だからなのかもしれませんが・・・)


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